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「教養としてのAI講義」で、AIを網羅的に学ぶ

技術の最先端として話題の登っているAI。今回は第3回目の盛り上がりだという。

第1回目は約50年前に、人工知能という言葉が出来たとき、そして次がチェスで世界チャンピオンを破ったときだそうだ。

この本を通じて分かったのは、1990年代に入りディープラーニングと言われる学習方法を生み出し、それから大きく流れが変わってきたということだ。

ディープラーニングにより、パターン認識を行う事が出来る様になり、人の顔の認識でよく知られているように画像認識や、スマートスピーカーで利用されている音声認識が画期的に進んだ。1990年前半に音声認識のソフトウェアを購入したことがあったが、使えたものでは無かったが、現在の音声認識はかなりの精度で人間の声を認識してくれる。

それら技術的なことを、できるだけ平易な言葉で解説し、それらの限界についても解説が行われている。

現在のAIの限界とは何か?

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Photo by Laura Musikanski on Pexels.com

それは、一言で書くと判断を行っていないことだそうだ。

様々なパターン認識を行う事が出来る様になり、そのパターンから導かれる回答を出すことは出来るが、アウトプットは思考した結果ではなくパターン認識から導かれた結果という。よって、AIが出力した結果がAI自信が正解か、不正解かを判断出来ないという。

それが出来る様になるためには、まだしばらく掛かりそうである。

自動車の自動運転も、後数年で9割方自動運転が出来るかも知れないが、残り1割を自動化できない都考えられている。ということは、自動化できないということになる。または、限定された空間、時間などで自動運転が可能と言うことになる。

否定するような事ばかり書いているようであるが、AIは現時点ではコンピューターであり、道具である。道具であることから考えると、使う用途を見極めて、その範囲で使うというのが良いと言うことになる。

誰も、計算機で荷物を持ち上げる事をしないし、フォークリフトで計算をする事もしない。それと同じ様に、AIには得意な部分を担当してもらうのが良いと言うことになる。

現時点では夢のような、何でも出来るという21世紀の機械ではないということが理解出来ただけでも、この本を読む価値があった。

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